小児の脳由来疾患を中心に

島田療育センター 小児科 
久保田雅也先生 

ヒトの随意運動は中枢神経系の巧妙な仕組みによって制御されています。ある目的のために身体のある部分を動かすという場合、最適な条件が統合されて脳から脊髄へ運動情報を伝える経路である上位運動ニューロンを通して運動指令が伝えられますが、上位運動ニューロンが機能不全に陥った場合、筋緊張の亢進、すなわち痙縮が起きます。またスムーズな運動には他の部分の余計な動きを抑制することが必要ですが、この抑制が不十分な場合、不随意運動と異常姿勢が起こることになります。これら筋緊張の空間的あるいは時間的な制御の破綻が痙縮やジストニアをもたらします。ジストニアとは身体の捻転、屈曲、過伸展などの異常な姿勢や運動を示す症状です。

原因

1.脳性麻痺(ジストニア・アテトーゼ型含む)
受胎から生後4週までの間に原因が推定される脳損傷により運動発達および姿勢の異常を呈する場合これを脳性麻痺といいます。脳形成異常、胎児・新生児仮死、脳室周囲白質軟化症(PVL)、周産期髄膜炎等が原因として挙げられます。 a. 痙直型:
上位運動ニューロンが損傷された場合に起こり、四肢の筋緊張の亢進(主に上肢の屈曲、下肢の伸展)を主とする随意運動の障害、姿勢異常を特徴とします。 b. アテトーゼ型:
脳の基底核、視床が主に損傷された場合、ゆっくりとした捻転を伴う不随意運動と異常姿勢が目立ちます。これらは環境や情動の変化に影響されやすくなります。ジストニアとほとんど同じと考えてよいと思います。かつては血液中のビリルビンが過剰でそれが大脳基底核に沈着する核黄疸後遺症が多く見られましたが現在は激減しました。症状の強い部位が主に末梢の場合はアテトーゼ、体幹・四肢の近くの場合はジストニアと区別することもあります。 c. 混合型:
上記四肢の筋緊張の亢進と不随意運動および異常姿勢をあわせもちます。ほとんどの重度脳性麻痺の患者は両者の特徴をもっています。

2.頭部外傷
交通外傷、転倒による外傷でも上位運動ニューロンの損傷により痙縮が起こり、大脳基底核の損傷によりジストニアが起こりえます。
3.急性脳症
インフルエンザ脳症をはじめとする急性脳症は小児期発症がほとんどです。上位運動ニューロン、基底核、視床などの広汎な損傷が多くみられ、痙縮、ジストニアをあわせもつことが多くなります。
4.変性疾患
中枢神経系の感染症、外傷、脳奇形、腫瘍等が除外されて多くは遺伝的な原因により脳の進行性病理が想定される場合、それを変性疾患といいます。先天的な脂質代謝異常によって脳の白質が傷つく副腎白質ジストロフィ(ALD)、細胞内の器官であるミトコンドリアに変異が起きてエネルギー産生が異常になるミトコンドリア病、遺伝性ジストニア(DYT1)等多数の症候群があります。上位運動ニューロンを含む白質が損傷されるALDは進行すると、うなじと背中が弓なりにそる後弓反張を伴う持続的筋収縮状態(persistent contracted state)となります。ミトコンドリア病では基底核が損傷されることが多く、しばしばジストニアを伴うことになります。



症状

症状は痙縮自体によるものとそれに付随した合併症状に分けられます。
上肢の屈曲
下肢の伸展
足首が伸びて足底が内側を向く内反尖足
頸部の回旋
後弓反張などの異常姿勢
移動運動不能
頸部、体幹の捻転を伴う異常姿勢
運動障害により言葉を出すのが難しくなる構語障害
疼痛
不眠
体重増加不良
情動不安定
関節拘縮
側弯



病態

痙縮は上位運動ニューロンの障害で生じる筋伸張反射の病的亢進状態で、速さを変えて上下肢を伸展させて抵抗をみるとある時点で急に抵抗が上がり、また消失、低下します。深部反射亢進、足クローヌス、バビンスキー反射などの病的反射が陽性になることから診断されます。

これに対し、強剛性(rigidity)では上下肢の伸展における抵抗は一様の硬さです。基底核、視床の病変が強い場合は姿勢、運動に関して強剛性の要素が強く出やすくなります。そして頸部、体幹、四肢末梢の捻転、ジストニアやアテトーゼという状態になります。

筋緊張亢進の重症化に相互に影響する因子として1.睡眠覚醒リズムの異常、2.情動刺激(快不快)、3.呼吸負荷、4.胃食道逆流現象、5.疼痛、6.てんかん発作とその治療などがあって、時に病態を悪化させます。



患者数

脳性麻痺の発生頻度は一般には1000人の出生あたり2人とされます。日本の2012年の出生数は約107万人(厚生労働省人口動態統計速報)ですので新規患者さんは毎年約2000人となります。発生頻度は出生体重により異なります。2500g以上の正期産では0.51人/1000人ですが1500g未満では45.45人/1000人となります。(リハビリテーション研究1989;60:43-48)これが1000g未満に限ると135人/1000人となります。(日児誌1999;103: 998-1006)
急性脳症は日本では年間400-700人が罹患するとされます。(平成22年度厚労省科研費「急性脳症の全国実態調査」)この内重度の後遺症は14%とされます。 ALDは日本では男児20000-30000人に1人に発生します。(1999年全国疫学調査 厚生労働省特定疾患対策研究)
アメリカでは年間に小児4000人に1人以上が10才までにミトコンドリア病に罹患します。 (https://biochemgen.ucsd.edu/mmdc/brochure.htm)



疾患ごとの重度痙縮の発生頻度・時期

脳性麻痺では1-3才以降で出現します。発生頻度はおおよそ10-20%です。急性脳症では発症から2-3か月以内が多くなります。発生頻度はおおよそ10-20%になります。

小児ALDは発症から2年以内に寝たきりになることが多く、筋緊張亢進も出現します。脳性麻痺よりも重度痙縮の発生頻度は高いと予想されます。ミトコンドリア病一般では発生は多くありませんがリー脳症では発生頻度が高いと予想されます。



治療の目的とゴール

筋緊張亢進が日常生活の中でどの程度、どういう形で悪影響を与えているかを病歴、神経学的診察、神経生理学的検査、画像検査、睡眠構造、摂食、昼間の生活様式、介助者の負担などを考慮して評価していきます。筋緊張亢進は必ずしもなくすべき悪い徴候というわけではありません。持っている随意性の中で筋緊張亢進を利用して移動が行われている場合もあるからです。

筋緊張亢進の緩和によりどういう機能的改善をめざすのか、機能的には変わらないにしても合併症としての不眠や疼痛、体重増加不良等を改善させQOLの改善につなげるのかは個別にゴールを設定し治療者と共有していなければなりません。内服で治まらない筋緊張亢進に対するITB療法(バクロフェン髄注療法)においても治療のゴールを患者さんごとに設定し、適切な経口薬物や理学療法、装具療法、整形外科的治療との併用や段階的な移行が重要となり、包括的な治療体系が必要になります。



治療法

まずは緊張緩和薬の内服で効果をみます。同時に上記筋緊張亢進の重症化に関わる因子があればその精査を行い、睡眠導入剤、抗てんかん薬、抗不安薬での調整を試みます。これらの精査と治療は痙縮そのものの治療と同様に重要です。 重度の痙縮の場合、薬物療法には限界があり、ボツリヌス療法、選択的後根切除術(Functional Posterior Rhizotomy, FPR)、ITB療法などが利用されるようになってきました。痙縮が下肢に限局された痙直型脳性麻痺では選択的後根切除術が用いられます。頸部、上肢、尖足など局部に発現している場合はボツリヌス療法が選択されます。下肢全般あるいは四肢体幹など広範囲におよび場合はITB療法が選択肢になります。それぞれの療法にはメリットとデメリットがあるので患者さんの病態と治療環境を考慮した最適な治療法の選択と組み合わせがますます重要になってきています。