ITB療法ウェブサイトは、痙縮のある患者さんのための情報サイトです。

京都府立医科大学附属病院 整形外科
池田巧先生

脊髄の病気に対する治療は日進月歩で進歩し、多くの患者さんの症状はかなり回復します。しかし、障害された脊髄を再生させる治療法は確立されておらず、傷んだ部分を新しく取り換えることもできません。したがって、一度損傷してしまった脊髄の治療を行っても手足の動きが悪い、感覚がにぶいなどの後遺症が残りやすいことが大きな問題です。運動の障害の一つに痙縮(けいしゅく)という困った症状があります。筋肉がこわばって手足を思うように動かせなかったり、勝手に動いてしまう状態です。脊髄が障害された後に起こり、放っておくと筋肉や関節が固まりますます日常生活が不自由になります。このようなやっかいな痙縮は、動作の妨げとなるだけではなく、不自然な格好や筋肉のこわばりによる不快な痛み、胸やお腹が締め付けられることによる息苦しさや食欲の低下、ぐっすり眠れない、体を洗いにくいなど、生活の質(Quality of Life; QOL) も低下させます。痙縮による影響は本人だけではなく、家族や介護者にもおよび負担が大きくなります。さらに運動の機能を回復するためのリハビリテーションの大きな妨げになります。

痙縮の原因となる主な脊髄の病気について説明します。

@脊髄損傷
交通事故、転倒・転落、スポーツ事故などの外傷によって脊髄が傷つくことで手足の自由がきかなくなるものです。患者さんの数はおよそ10万人と言われ、その中で、重度の痙縮に困られている患者さんは約1万人と考えられています。手術により大黒柱である脊椎をしっかり安定させることができますが、今のところ傷んだ脊髄を修復することはできないので、麻痺や痙縮などの後遺症が残ることが問題です。歩くことができる人から車いすが必要な場合など麻痺の程度は様々です。脊髄が損傷した部位によって痙縮の現れ方が異なります。脊髄損傷のおよそ4分の3が頸髄損傷で、上肢から下肢まで痙縮が生じます。胸髄では体幹から下肢、腰髄では下肢に痙縮が生じます。この痙縮のためさらに日常生活が妨げられます。

A脊髄血管障害
動脈硬化や大動脈瘤などにより脊髄に栄養を与えている血管がふさがり梗塞を生じたり、血管の形態異常のために出血が起こり、脊髄がいたむ病気です。脳に起こる血管障害に比べてまれで、脳卒中と同様に急に症状が現れます。

B頚椎症、椎間板ヘルニア
脊維の中には脊柱管という脊髄を通すためのトンネルがあります。年をとることで骨や椎間板などが変形して脊柱管が狭くなり脊髄が圧迫されることで、脊髄の障害が生じます。その障害を長期開放置した場合には神経の働きの回復が難しくなることがあるので、早期に治療を受けることが重要です。

C靭帯骨化症
脊椎の骨と骨を連結している後縦靭帯や黄色靭帯が骨に置き換わり、接している脊髄を圧迫することで障害が生じる病気です。厚生労働省特定疾患(難病)として認められています。X線およびCT検査で診断されますが、3〜4.5%の発生率と言われています。骨化があってもすべての人が症状を出すわけではありませんが、症状が強い場合には手術を行い、脊髄の圧迫を解除することで機能を回復させます。

D脊髄腫瘍
脊髄やまわりの組織から生じる腫瘍で、大きくなることで脊髄を圧迫したり脊髄そのものが障害され、麻痺、感覚障害、排尿排便の障害などの症状が出現します。発生頻度は10 万人あたり1〜2 人で、比較的珍しい病気です。治療は早期に手術で腫瘍を摘出する必要があります。

EHTLV-I関連脊髄症(HAM)
ウイルス(HTLV-I)の感染することで脊髄に炎症が生じて脊髄の働きが悪くなる病気です。ウイルスに感染している人は約108万人で、脊髄障害を発症した人は約3600人います。おもに胸髄を中心に炎症が起こり歩きにくさや、尿を出しにくくなるなどの症状が起こります。進行はゆっくりですが、中には急速に進むことがあります。両方の足の緊張が強まることで、歩行に支障が出てしまいます。

これらの病気に対する治療後に残った痙縮に対しては、程度に応じて治療法は異なりますが、筋肉の緊張をとる薬を飲んだり、リハピリテーションを行ったり、装具を使用したり、注射による神経ブロックなどを行います。外科的治療として、整形外科では固まってしまった手足の変形をもどしたり、筋肉のバランスをとる手術を行います。脳神経外科では、原因となっている神経を切除して筋肉の緊張をやわらげます。これらの治療を組み合わせて行っても期待した効果が得られない場合があるため、最近では重度の痙縮に対しては新しい治療法が行われています。

手や足など狭い範囲の痙縮には、ボツリヌス毒素を使った治療を行います。運動の障害の原因となっている筋肉を見極めて、こわばった筋肉へ注射することで緊張をゆるめることができます。しかし投与できる薬の量に上限があるため治療が必要な緊張の強い筋肉がたくさんある場合には十分な治療の効果を得ることは困難です。広い範図に痙縮が生じている場合にはバクロフェン持続髄注療法(ITB)が有効です。これは脊髄のまわりにバクロフェンという薬を直接投与することで、たくさんの筋肉の緊張をとり、手や足のこわばりをやわらげることができる画期的な治療方法です。手足や体全体にしっかりとした治療効果を得ることができ、緊張をちょうど良い程度に調整することができます。ただし、筋肉の緊張をとるだけでは治療の効果は限られ機能の回復は望めませんので、治療後にもリハビリテーションの積み重ねが大事です。新しい治療により自分でいろいろな動作ができるようになり、痛みや締め付け感などの不快な症状を改善し、生活の質を向上させることが可能です。精神的にも開放され、本人や介護者に大きな希望を与えることができます。

脊髄損傷に対して骨髄や神経の幹細胞移植や、iPS細胞やES細胞などの移植による再生医療が注目を集めており、近い将来脊髄が損傷した患者さんが再生治療を受けることができる日が来るものと考えます。ITB療法は薬を中止し、カテーテルやポンプを取り除くことで治療前の状態に戻ることが可能ですので、これらの治療を受けることの妨げにはなりません。脊髄の病気による後遺症のすべてを改善させることは難しいですが、困った痙縮を確実に軽減させることはできます。日々の動作や、生活の質を良くするため障害を正しく理解して、前向きに治療に取り組まれることをお勧めします。